「リスク」とは何かを再定義する時代へ
日本では、「失敗したくない」「責任を取りたくない」「失敗するくらいなら現状維持でよい」という考えが根強く存在しています。そのため、新しい挑戦を避け、失敗した事例は共有せず、成功した部分のみが強調される傾向があります。
多くの組織においても、新しい取り組みに対して「やってみる」より「やらない」選択がされがちです。その結果、ビジネスチャンスや成長の機会を逃してしまうことが少なくありません。
しかし、本当のリスクは「やること」だけではありません。「やらない」ことで現状維持すら困難になり、気付かぬうちに大きな損失を招く「やらないリスク」も存在します。
本記事では、「やるリスク」と「やらないリスク」の違いを明確にし、不確実性の時代に求められる新たな意思決定法「エフェクチュエーション」について解説します。
なぜ「やらない」ことが選ばれやすいのか?
日本に根強い「失敗回避文化」
日本では減点方式の人事評価制度などが背景となり、「失敗=評価の低下」と捉えられがちです。そのため、失敗を避けるために「何もしない」選択が無意識に行われています。
一方、変化の激しい時代においては、「やるリスク」より「やらないリスク」の方が将来的な損失につながる可能性が高くなっています。「やらない」選択は、実は変化への対応を放棄することに他なりません。
「やらなかった後悔」は長く残る
心理学の研究では、「やったこと」より「やらなかったこと」に対する後悔の方が、長く記憶に残ることが示されています。特に年齢を重ねるほど、「もっと早く挑戦しておけばよかった」と感じる人が増える傾向にあります。
リスクを再定義する(やらないことにもリスクはある)
「リスク=失敗」ではない
一般的に「リスク」と聞くと、失敗や損失をイメージしがちですが、リスクの本質は「不確実性」と「その結果が及ぼす影響度」の組み合わせです。つまり、リスクには成功の可能性も含まれています。
新規事業への投資も、損失のリスクだけでなく、成功の可能性というポジティブな側面が存在します。一方で、何も行動しない場合でも、競合に市場を奪われる・人材流出が起こるといったリスクが発生します。
「やるリスク」と「やらないリスク」の具体例
下の表は、「やるリスク(行動するリスク)」と「やらないリスク(行動しないリスク)」を比較したものです。
| 種類 | リスク例 |
| 行動するリスク(やるリスク) |
・資金損失(投資したが回収できない) ・時間の浪費(プロジェクトが失敗) ・社内評価の低下(業績目標未達で査定が下がる) ・顧客離れ(新商品が期待はずれ) |
| 行動しないリスク(やらないリスク) |
・機会損失(競合に先を越される) ・イノベーション喪失(組織が成長停滞) ・社員のモチベーションが下がる ・ブランド力の低下(時代遅れのイメージが定着) |
行動するリスクは短期的な失敗に注目されがちですが、行動しないリスクは長期的かつ構造的な損失につながる恐れがあります。
なぜ中長期のリスクが軽視されるのか
日本のビジネス組織では、目先の実績やリスク、短期的なコスト削減に重きを置く文化があり、将来へ向けた投資や活動は後回しにされがちです。たとえば、新技術の研究開発や新しいメニューづくり、外部との共創(オープンイノベーション)、将来を見越したIT投資などは、すぐに成果が見えにくいために優先順位が下がってしまうことがあります。しかし、それらを怠った結果、中長期的に大きなリスクが発生すると、その回復には同じく中長期の時間を要し、“すぐには取り戻せない”という事態に陥りやすいのです。
「やらないリスク」は大きい
行動するリスク(やるリスク)は、事前にある程度コントロールしやすいのに対し、やらないリスクは、後から「気付いたときには手遅れ」という状況が起こりやすいのが問題です。したがって、行動するリスク(やるリスク)よりも、行動しないリスク(やらないリスク)の方が、結果的に大きな損失をもたらす可能性があると言えます。
「不確実性」×「影響度」と「実現性」×「影響度」
「やる」「やらない」の判断精度を高めるには、イノベーション・マネジメントシステム(IMS)の導入が効果的です。
こうして、「実現できそうか(実現性)」と「影響が大きいかどうか(影響度)」を考えたうえで、価値が高いものを選び出し、「新しいソリューションの開発」や「既存事業の改善」につなげます。
IMSを活用することで、変化が激しく先が読めないビジネス環境でも、リスクを抑えながら持続的に成長することができるのです。
すでに似たような活動をしていると思われがちですが、IMSは、個人のマネジメントではなく組織のマネジメントとして組織に機能を定着させることができます。
思考の転換:「エフェクチュエーション」という新たな意思決定法
これまで、イノベーション・マネジメントシステム(IMS)という仕組みについて説明してきました。しかし、どんなに良い仕組みがあっても、実際に動かすのは「人」です。だからこそ、人が変化に気づき、自分で判断しながら動ける「考え方」が必要です。その考え方として、いま注目されているのが「エフェクチュエーション」という意思決定法です。
エフェクチュエーションとは?
エフェクチュエーションは、米国の経営学者サラス・サラスバシー氏が提唱した理論で、経験豊富な起業家の意思決定プロセスを体系化したものです。
一般的な「コーゼーション(目的→手段)」とは異なり、「エフェクチュエーション」は「手段→目的」という順序で未来を創り出すアプローチです。不確実性が高い環境において、自らの手持ちの資源を起点に行動し、未来を共創していきます。
「コーゼーション(Causation)」と「エフェクチュエーション(Effectuation)」の違い
VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代において、多くの企業がこれまでの「コーゼーション的な戦略」だけでは対応できず、新規事業開発・地域福祉活動・イノベーション創出において「エフェクチュエーション」の視点が必要とされてきています。
以下に、「コーゼーション(Causation)」と「エフェクチュエーション(Effectuation)」の違いを記載します。
コーゼーション(Causation)とは
- 因果論的アプローチ
- 「目的 → 手段」の順で考える
- 未来を 予測 し、その未来を実現するために 最適な手段 を選び、計画・分析・予測を重視する
- 大企業の経営戦略や、中期経営計画などでよく用いられる
エフェクチュエーション(Effectuation)とは
- 創発論的アプローチ
- 「手段 → 目的」の順で考える
- 未来は予測できないという前提で、「今自分が持っている手段(資源・人脈・能力など)」を起点に、「できることをしながら未来を共創」していく
- 熟達した起業家が実際に行っている意思決定プロセスから発見されたもので、特に 不確実性が高い環境 で効果的
- 中小企業、スタートアップ、新規事業開発、地域福祉など 未来の成功確率が読めない領域 で活用されている
| 項目 | コーゼーション | エフェクチュエーション |
| 前提 | 未来は予測できる | 未来は予測できない |
| 思考の順序 | 目的 → 手段 | 手段 → 目的 |
| 意思決定の論理 | 計画・分析・予測 に基づく | 行動しながら未来を共創 する |
| 有効な場面 | 既存市場の拡大、予測可能な環境 | 新市場の創出、予測不可能な環境 |
| 主な利用者 | 大企業の経営戦略 | 起業家・中小企業・新規事業開発 |
エフェクチュエーションの5つの原則
エフェクチュエーションは、それぞれ 「未来が読めない環境下でどう動くか」 という問いに対する5つの 行動原則でなりたっています。
| 原則名 | 内容 | 意味・ポイント |
| 手中の鳥の原則 (Bird-in-Hand Principle) |
自分がすでに持っているもの(手段)から始める | 資源(知識・人脈・スキル・経験)を最大限活用し、行動を起こす |
| 許容可能な損失の原則 (Affordable Loss Principle) |
失っても構わない範囲でリスクを取る | 大きな利益を求めるのではなく、損失を最小化しつつ動く |
| クレイジーキルトの原則 (Crazy Quilt Principle) |
他者と協力しながら未来を共創する | 予め決まったパートナーではなく、出会いや縁を大切に協働する |
| レモネードの原則 (Lemonade Principle) |
予期せぬ出来事(偶発性)を積極的に活用する | トラブルや偶然の出来事を、チャンスに変える柔軟な発想 |
| パイロット・イン・ザ・プレーンの原則 (Pilot-in-the-Plane Principle) |
未来は予測するものではなく、自らの行動で創り出す | 環境に左右されず、自分の意思と行動で未来を切り拓く |
なぜ今、エフェクチュエーションなのか?
エフェクチュエーションが今のビジネス社会で注目され、求められている理由は、「計画どおりに行かない」ことが前提の時代では、柔軟に行動し、仲間とともに創っていくという考え方が、組織にも個人にも求められているからこそ、今の時代にエフェクチュエーションが求められているのだと思います。私たちでは、エフェクチュエーションが求められる背景を3つにまとめてみました。
不確実性(Uncertainty)への適応が必要
近年は「VUCA時代」と呼ばれるように、ビジネス環境が予測困難・変化が激しい状態にあります。
地政学的なリスク、生成AIなどの技術革新、価値観の大幅な変化(ギャップ)と多様化などに素早く適用す必要があります。
このような世界では「未来を正確に予測し、計画通りに進める」ことがどんどん難しくなってきました。
そのため予測に頼らず、行動しながら未来を創るエフェクチュエーションのような思考が必要になってまいりました。
イノベーション(新しい価値)への要求
既存の延長ではなく、新しい価値を生み出すイノベーションが継続的な価値の維持と向上を達成するビジネスの命題になっています。
しかし、イノベーションにはリスクが付きものであり、前例のない挑戦でもあるため、正解の予測やデータがないことがほとんどです。
そこで、手持ちの資源をベースに小さく動きながら、パートナーと共に未来を創るエフェクチュエーションが機能します。
大企業・中小企業・スタートアップ問わずに活用
エフェクチュエーションはもともと起業家の意思決定から見出された理論ですが、最近では【既存企業の新規事業】【中小企業の成長戦略】【自治体や地域活動】などにも活用が広がっています。
最近では【既存企業の新規事業】【中小企業の成長戦略】【自治体や地域活動】などにも活用が広がっています。
とくに、限られたリソースで動く必要のある中小企業や地域活動にとっては、エフェクチュエーションの活用は大きな成果を生み出すアプローチと言えます。
エフェクチュエーション実践のヒント ー 小さく始めて巻き込む
エフェクチュエーション実践において大切なのは、「完璧な計画」にとらわれず、まずは手元にある資源を活用して行動を起こすことです。試行錯誤を繰り返しながら、共感してくれる仲間を巻き込み、共に未来を創っていく。このアプローチは、大手企業の新規事業やイントラプレナー育成の現場でも注目されています。
「リスク」ではなく「可能性」を見よう
「やるリスク」を恐れるあまり、「やらないリスク」が見過ごされる──これは多くの組織が陥りがちな盲点です。
未来を変えるのは、未来を予測することではなく、今できることを一歩ずつ積み重ねていく行動力です。エフェクチュエーションは、その一歩を後押しする有力な思考の道具となるでしょう。
最後に問いたいのは、「今、やらないこと」が5年後、10年後の自分や組織にどんな影響を与えるのか。その問いへの答えは、行動の中にしか見つけることはできません。
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