一つの成功モデルが通用する期間は短くなっている
企業を取り巻く環境が、これまで以上の速さで変わっています。少し前まで主力だった商品が数年で価格競争に巻き込まれ、安定していたサービスが新しいデジタル技術に置き換えられる。長年築いてきた販売網やブランド力があっても、顧客の購買方法や評価基準が変われば、従来の優位性を維持できないことがあります。
こうした変化を前に、一つの商品やサービス、事業モデルが長期間にわたって競争力を維持することは難しくなっていると感じる経営者も少なくないでしょう。その背景を示すデータがあります。
経済産業省の2016年版ものづくり白書では、製造業における製品ライフサイクルを10年前と比較した調査について、すべての業種で「長くなっている」と答えた企業より「短くなっている」と答えた企業の方が多かったと整理しています。
さらに、短期化の理由として最も多かったのは「顧客や市場のニーズの変化が速い」の53.5%で、「技術革新のスピードが速く、製品の技術が陳腐化しやすい」が20.7%、「業界が過当競争に陥っている」が15.9%と続きました。
出典:経済産業省『我が国ものづくり産業が直面する課題と展望』
調査時点は2015年ですが、その後もクラウド、スマートフォン、サブスクリプション、生成AIなど、新しい技術やサービスが次々と普及しています。顧客や市場の変化に対応し続ける重要性は、さらに高まっていると考えられます。
主要企業の顔ぶれが入れ替わるスピードについても、変化を示す分析があります。戦略コンサルティング会社Innosightの2021年の調査では、S&P500構成企業の平均在籍期間は1970年代後半の30~35年から、2020年代には15~20年へ縮小すると予測されています。
ただし、指数から外れる理由には倒産だけでなく、買収や時価総額の低下なども含まれるため、これは企業の法的な寿命を直接示すものではありません。それでも、大企業が市場の中心的な地位を維持する期間の変化を考えるうえでは、一つの参考になります。
製品、サービス、販売方法、収益モデル、さらには業界の境界まで、従来より短い周期で変化しています。企業が存続していても、同じ事業を同じ方法で続けられるとは限りません。
短くなっているのは、需要そのものの寿命というより、「一つの成功モデル」が通用する期間だと考える必要があります。
なぜ「一つの成功モデル」が通用しにくくなっているのか
1)顧客の期待やニーズの変化が速い
第一の理由は、顧客の期待やニーズが短い周期で変化するようになったことです。
現在の顧客は、他社の商品やサービスを容易に比較できます。価格、機能、評判、導入事例、サポート品質まで短時間で確認できるため、過去の取引関係や知名度だけでは選ばれにくくなりました。
法人取引でも、担当者は個人向けサービスで経験した使いやすさやスピードを基準に、業務用サービスを評価するようになっています。
2)技術革新と普及が速い
第二の理由は、技術の普及速度が上がったことです。
以前は、新しい技術を利用するために、大規模な設備投資や専門人材が必要でした。現在はクラウドサービスや生成AIを利用することで、小規模な企業でも短期間に新しい機能やサービスを提供できます。
新しい技術を利用するハードルが下がったことで、企業規模を問わず新しい市場へ参入しやすくなっています。一方、既存企業にとっては、従来の参入障壁が低くなることを意味します。
3)競争相手は同じ業界とは限らない
第三の理由は、競争相手が同じ業界の企業とは限らなくなったことです。
製造業が保守やデータサービスを提供し、IT企業が金融や医療へ進出し、小売企業が広告や金融機能を持つようになっています。業界の境界が曖昧になると、企業が長年注視してきた競合企業の外側から、別の収益構造を持つ事業者が参入します。
既存企業が製品価格で競争している間に、新規参入者がプラットフォーム、月額課金、データ活用など、異なるルールを持ち込むこともあります。
4)製品の品質だけでは差別化しにくい
第四の理由は、製品の品質だけでは差別化しにくくなったことです。
品質が高いことは重要ですが、それだけで十分ではありません。導入のしやすさ、契約の柔軟性、他システムとの連携、利用後の支援、データの可視化など、顧客が評価する対象は製品単体から利用体験全体へ広がっています。
製品そのものが陳腐化していなくても、売り方や提供方法が顧客の期待に合わなければ、競争力を失うことがあります。
5)複数の変化が連鎖する
第五の理由は、変化が連鎖するようになったことです。
技術変化が顧客行動を変え、顧客行動の変化が新しい競争を生み、その競争が価格や人材市場、法規制を変えます。
複数の変化が影響し合うため、将来を一つのシナリオだけで正確に見通すことは難しくなっています。そのため、長期計画を一度作り、その通りに実行するだけでは対応しにくくなります。
こうした環境では、現在の商品やサービスの品質を高め続けるだけでは、事業の競争力を維持することが難しくなります。
「良い製品」だけでは事業を守れない
これまでの企業経営では、主力商品を確立し、その品質を高め、生産効率を改善し、販売網を広げることが成長の基本でした。現在でも、こうした取り組みが重要であることに変わりはありません。
しかし、市場や顧客の変化が速い現在では、既存の商品やサービスを改善するだけでは、事業の競争力を維持することが難しくなっています。
顧客が重視するのは、製品の性能や機能だけではありません。性能が多少劣っていても、短期間で導入できる製品が選ばれることがあります。買い切り型より、初期費用を抑えられる月額利用型が好まれる場合もあります。また、機能の多さよりも、導入後のサポートや他システムとの連携のしやすさが選定の決め手になることもあります。
つまり、企業間の競争は「どちらの製品が優れているか」という比較から、顧客が製品を知り、購入し、導入し、使い続けるまでの「顧客体験全体」の比較へと広がっています。
そのため企業は、「何を作るか」だけでなく
「誰の、どのような問題を解決するのか」
「どのような方法で価値を提供するのか」
「購入後も継続して顧客を支援できるのか」
といった点を改めて考える必要があります。
高度な戦略や新しい販売手法を考えることも重要ですが、まず確認すべきなのは、自社が「良い」と考える製品やサービスが、本当に顧客にとって価値のあるものになっているかということです。
製品そのものが優れていても、説明が分かりにくい、導入に時間がかかる、問い合わせへの対応が遅いといった状態では、顧客から選ばれ続けることは難しくなります。
必要なのは、一度の事業転換や新規事業で対応することではありません。現在の事業を安定して運営する能力に加えて、顧客や市場の変化に合わせて、商品、サービス、提供方法、収益モデルを継続的に見直す能力を、経営の仕組みとして持つことです。
ただし、この課題の現れ方や必要な対応は、中小企業と大企業では異なります。
中小企業の課題は「変わりたくても余裕がない」
中小企業は、経営者と顧客の距離が近く、意思決定が速いという強みを持っています。顧客から新しい要望が出れば、経営者が直接判断し、小回りを利かせて対応できます。
一方、変化へ継続的に対応するうえでは、人材、資金、時間といった経営資源に余裕を持ちにくいことが、制約になります。
中小企業では、日々の売上確保、納期対応、採用、資金繰り、顧客対応などに限られた人員で対応しているケースも少なくありません。新規事業やDXの専任者を配置することが難しく、経営者自身が営業や顧客対応などを兼務していることもあります。
その結果、「現在の事業が利益を生んでいる間に次の柱を育てる」活動が、後回しになりやすくなります。
2025年版中小企業白書でも、円安や物価高、人件費の上昇、構造的な人手不足など、中小企業を取り巻く厳しい経営環境が指摘されています。また、コスト削減だけではなく、設備投資やデジタル化、価格転嫁などを通じて、付加価値や労働生産性を高める経営への転換が求められています。
中小企業が新しい取り組みを進めるうえでの課題は、必ずしもアイデアがないことではありません。新しいことを考え、試し、そこから学ぶための「余白」を確保しにくいことです。
さらに、営業情報、技術ノウハウ、顧客との関係、見積もりの判断などが、社長やベテラン社員に集中する属人化もあります。組織として情報が共有されなければ、顧客の変化が起きても、それを経営課題として認識できません。
中小企業は「小さな探索」を日常に組み込む
中小企業が、大企業のような大規模な新規事業部門を設ける必要はありません。重要なのは、既存業務の中に小さな探索活動を組み込むことです。こうした取り組みは、ISO 56001の「4.組織の状況」で求められる、組織を取り巻く変化や利害関係者のニーズを継続的に把握する考え方にもつながります。
1)既存顧客の課題を収集する
第一に、既存顧客の未解決課題を定期的に集めます。
中小企業にとって現実的な新規事業の種は、未知の巨大市場よりも、現在の顧客の周辺にあります。営業担当者が繰り返し受ける相談、サポートに繰り返し寄せられる問い合わせ、顧客が手作業で補っている業務には、新しい商品やサービスの可能性があります。
例えば、「担当者が辞めると業務が止まる」という顧客の悩みは、マニュアル整備やナレッジ共有支援につながります。「導入したが使いこなせない」という声は、研修や運用支援のサービスになります。
製品販売に診断、教育、保守、データ分析を組み合わせることで、収益構造を変えられる場合もあります。
2)変化を確認する場を設ける
第二に、月に一度の「事業更新会議」を設けます。
通常の売上報告ではなく、最近増えた相談、失注理由、利益率の低い案件、新しい競合、来月試す施策、やめる仕事を確認します。過去の数字を説明して終わるのではなく、「何が変わったか」「次に何を試すか」を決定する会議です。
当社でも、隔週で「情報判定会議」を行い、収集した情報について事業への影響度や影響時期を確認しています。
3)まずやってみる
第三に、検証の単位を小さくします。つまり、まずやってみるのです。
新サービスを考えたからといって、最初から大規模なシステムを開発する必要はありません。提案資料を既存顧客に見せる、簡易的な試作品を作る、少人数向けの有料セミナーを行うなど、顧客が実際に関心を示し、対価を払うかを先に確認できます。
大きな失敗を避けるためにも、最初から大きく投資するのではなく、検証単位を小さくすることが重要です。ただし、「まずやってみる」こと自体を目的にしてはいけません。何を確かめるのか、どのような結果が得られれば次に進むのかといった仮説や判断基準を定めたうえで検証することが重要です。
4)優先順位をつけて、経営資源を確保する
第四に、低収益業務を見直して余白を作ります。
新しい活動に使う時間は自然には生まれません。利益の出ない個別対応、過剰なサービス、目的の曖昧な会議、特定担当者しかできない作業を洗い出し、標準化、値上げ、外注、廃止を検討します。
AIやデジタルツールによって生産性を高め、その余力を顧客理解や新しい提案に振り向けることも一つの方法です。
5)外部協力の推進
第五に、外部連携を前提にします。
中小企業が技術、人材、販売網、専門知識をすべて自社で保有することは現実的ではありません。副業人材、専門家、IT企業、大学、地域企業、取引先などと連携し、不足する能力を組み合わせます。すべてを自社だけで賄おうとせず、外部の知識や能力を取り入れることも、変化への対応力を高める方法の一つです。
自社の強みを生かしながら、外部の知識や技術、販売網などを組み合わせることで、自社だけでは難しい取り組みにも着手しやすくなります。
大企業の課題は「変われるのに動けない」
大企業の課題は中小企業とは対照的です。資金、人材、技術、ブランド、顧客基盤など、新しい事業を生み出す資源は豊富です。
しかし、組織が大きいほど、それらの経営資源を新しい取り組みに振り向けるまでに、多くの調整が必要になります。
新しい提案を実行しようとすると、法務、財務、情報システム、品質保証、営業、製造など、多数の部門との調整が必要です。それぞれの確認や指摘には合理性があっても、調整が重なることで意思決定に時間がかかり、市場の変化に追いつきにくくなることがあります。
さらに、既存事業が強い企業ほど、新しい事業への資源配分が難しくなることがあります。既存事業で合理的だった評価基準や意思決定の仕組みが、新規事業には適さない場合があるためです。
既存事業は売上、利益、顧客数、計画達成率で評価できます。一方、新規事業は不確実性が高く、初期段階では売上も利益も出ません。同じ会議で同じ基準により比較すれば、既存事業への投資が優先されます。
新しいサービスが既存製品の売上を奪う可能性があれば、社内の抵抗はさらに強くなります。既存部門にとって、自分たちの売上や評価を低下させる事業を支援する合理性がないからです。
大企業の問題は、挑戦する人がいないことではありません。挑戦する人やテーマを、既存事業の評価基準や意思決定の仕組みから適切に切り分けられていないことです。
こうした課題を整理するうえで、ISO 56001(イノベーション・マネジメントシステム)の考え方は参考になります。
大企業は「探索のルール」を既存事業から分ける
大企業では、まず既存事業と探索事業の評価基準を分けて考えることが重要です。
既存事業では、売上、利益、品質、効率性、計画達成率が重要です。一方、探索段階では、顧客課題をどこまで確認できたか、重要な仮説を検証できたか、顧客が対価を払う意思を示したか、技術や規制上の障壁を特定できたかを評価します。売上がないこと自体が問題なのではありません。重要なのは、何を検証し、その結果から何を学んだかです。
次に、探索に使う予算と権限を明確にします。
新規事業を既存事業と同じ予算枠で扱うと、業績悪化時に削減対象になりやすくなります。少額の検証は事業責任者の判断で進められるようにし、結果に応じて追加投資する段階的な投資判断を取り入れることが有効です。最初から大きな予算を一つの計画に投入するより、複数の仮説を小さく試す方が、全体のリスクを抑えながら学習できます。
経営層による支援も重要です。新規事業は、顧客や技術だけでなく、社内の優先順位や利害関係の影響も受けます。現場の担当者だけに調整を任せず、経営層がテーマの意義を示し、必要な権限や例外を認めることが必要です。
また、部門横断チームも、単に全員の合意を得る場にするのではなく、早期にリスクを発見し、実現可能な方法を考える場として機能させることが重要です。
「審査する部門」から「実現を支援する部門」へ。こうした役割の転換が、探索活動を進めるうえで重要になります。
レガシーシステムは事業変革の制約になる
大企業が事業を変えようとすると、既存システムが制約になることがあります。
- 月額課金を始めたいのに、基幹システムが売り切り型の契約しか扱えない
- 顧客データを活用したいのに、部門ごとに異なる形式で管理されている
- 生成AIを導入したいのに、データの所在や利用権限が整理されていない
- 価格を柔軟に変更したいのに、システム改修に半年かかる
これらは単なるITの老朽化ではなく、事業モデルの変更を難しくする経営上の制約になり得ます。
こうした課題は、システム部門だけの問題ではありません。IPAが2025年に公表したレガシーシステムモダン化委員会の総括レポートでも、日本企業のDXとレガシーシステム脱却に関する課題と対応の方向性が整理されています。
レガシーシステムからの脱却は、単にシステムを新しくすることが目的ではありません。変化し続けられる企業基盤をつくる取り組みとして捉えることが重要です。
今後どのような事業を展開し、顧客との関係をどう変えたいのかを先に定め、そのために必要な業務、データ、システムを逆算して整備していく必要があります。
企業規模を問わず共通する七つの仕組み
中小企業と大企業では、投入できる人材や予算、意思決定の方法は異なります。一方、環境の変化を捉え、機会を選び、必要な資源を配分し、活動を評価・改善していくという基本的な仕組みには共通点があります。
こうした考え方は、ISO 56001(イノベーション・マネジメントシステム)の要求事項にも対応しています。ここでは、企業規模を問わず押さえておきたい仕組みを七つに整理します。
1)組織を取り巻く変化を把握する(図4.組織の状況)
イノベーション活動の出発点は、アイデアを募集することではありません。まず、自社を取り巻く外部・内部の変化と、顧客や従業員、取引先などの利害関係者のニーズや期待を把握することが重要です。
外部環境では、市場、競合、技術、法規制、経済、社会、環境などの変化を確認します。内部環境では、経営方針、事業計画、組織文化、人材、財務、業務プロセス、保有する知識や設備などを確認します。
また、営業、問い合わせ、サポート、失注、解約といった日々の情報も重要な手がかりになります。
ただし、顧客の声を要望一覧として並べるだけでは十分ではありません。
「誰が困っているのか」
「どのような状況で問題が起きているのか」
「現在はどのような方法で対応しているのか」
「その問題を解決することで、誰にどのような価値が生まれるのか」
というところまで整理する必要があります。
顧客が口にした要望だけでなく、技術、競合、市場、規制、環境、知的財産などの変化から、顧客自身がまだ認識していない機会を見つけることも重要です。
そのうえで、自社がイノベーションによって何を目指すのかという「イノベーションの意図」と、IMSをどの事業、組織、製品・サービス、プロセスに適用するのかを明確にします。
2)経営の方向性と責任を明確にする(図5.リーダーシップ)
ISO 56001では、イノベーションを担当部門だけの活動とは捉えていません。トップマネジメントが、IMSの有効性に責任を持ち、組織全体の方向性を示すことを求めています。
具体的には、次のような点を明確にします。
- イノベーションによって、どのような価値を実現するのか
- そのために、どのような方針や戦略を持つのか
- 変化や挑戦を支える組織文化をどのようにつくるのか
- 誰がどの役割・責任・権限を担うのか
特に重要なのは、何を「価値」とするのかを明確にすることです。 売上や利益だけでなく、顧客、従業員、社会、持続可能性、知識の蓄積など、財務・非財務の両面から実現したい価値を整理します。
また、役割を置くだけでは十分ではありません。誰が活動を推進し、誰がその状況を確認し、誰が必要な意思決定を行うのかまで明確にし、組織内で共有する必要があります。
中小企業では、経営者や既存の管理職がこうした役割を兼務することもできます。一方、大企業では専任部門を設ける場合もあります。組織規模にかかわらず、責任の所在を曖昧にしないことが重要です。
3)機会とリスクを踏まえて計画し、ポートフォリオを管理する(図6.計画)
組織を取り巻く状況や利害関係者のニーズを把握したら、次はイノベーションの機会とリスクを整理し、具体的な活動計画へ落とし込みます。単に「新規事業を立ち上げる」「アイデアを増やす」といった目標を掲げるだけではなく、例えば次のような点を明確にします。
- 何を実施し、どのような価値を目指すのか
- 誰が責任を持ち、誰を巻き込むのか
- どのような人材・予算・時間が必要なのか
- いつまでに実施し、結果をどのように評価するのか
また、一つのテーマだけを見るのではなく、複数のイノベーション活動をポートフォリオとして管理することも重要です。
ポートフォリオでは、案件を一覧にするだけでなく、
- どのような価値につながるのか
- イノベーション戦略との整合性
- リスクと期待効果
- 必要な投資や経営資源
- 実現までの期間や市場の成長可能性
などの基準を設け、どの活動を優先し、どこに経営資源を配分するのかを判断します。
継続するのか、追加投資するのか、方向転換するのか、停止するのか。こうした判断を、担当者の熱意や個人的な判断だけに頼らず、あらかじめ定めた基準と得られた情報に基づいて行うことが重要です。
4)活動に必要な経営資源と支援環境を整える(図7.支援体制)
イノベーション方針や計画を作っても、必要な人材や時間、予算、環境が確保されなければ、活動は進みません。
ISO 56001では、イノベーション活動を進めるために必要な経営資源を明確にし、確保することを求めています。
具体的には、次のようなものです。
- 活動を進める人材と必要な力量
- 活動に使う時間
- 予算
- 設備やデジタル環境
- 必要な知識や知的財産
- 活動を支えるツールや方法
特に注意したいのは、既存業務をそのままにして、新規事業やイノベーション活動だけを上乗せしないことです。
必要な人材や時間を社内だけで確保することが難しい場合は、外部の専門家や協力企業などを活用することも選択肢になります。
また、AIやデジタル技術は、それ自体を目的にするのではなく、活動を支える手段として活用します。例えば、顧客の問い合わせや失注理由の整理、市場・技術・競合情報の分析、仮説やリスクの整理、検証結果の記録、ナレッジの共有などに活用できます。
重要なのは、「新しいことをやれ」と求めるだけではなく、実際に取り組める人・時間・予算・環境を組織として用意することです。
5)機会から価値実現までを管理するイノベーションプロセス(図8.活動)
ISO 56001では、イノベーション活動を、思いついたアイデアをすぐに事業化するのではなく、機会の発見から検証、開発、導入までを一連のプロセスとして管理します。
基本的な流れは次のとおりです。
- 機会を特定する
- コンセプトを創造する
- コンセプトを検証する
- ソリューションを開発する
- ソリューションを導入する
まず、市場や顧客、技術などの変化から、新たな価値につながる機会を見つけます。その機会をもとにアイデアを考え、「誰に、どのような価値を提供するのか」をコンセプトとして整理します。
次に、顧客ヒアリングや試作品、PoC、テスト販売などを通じて、コンセプトが実際に受け入れられるのかを小さく検証します。
検証を通じて見えてきた課題や不確実性を確認しながら、ソリューションを開発し、実際の顧客や利用者への導入へつなげていきます。
重要なのは、最初に立てた計画をそのまま実行することではありません。検証によって得られた事実をもとに仮説を見直し、価値実現につながる形へ修正しながら進めることです。
6)IMSとイノベーション活動の成果を評価する(図9.パフォーマンス評価)
イノベーション活動を実施した後は、計画どおりに進んだかを確認するだけでなく、IMSが有効に機能しているか、意図した価値につながっているかを評価します。
評価する際は、たとえば次のような点をあらかじめ決めておきます。
- 何を評価するのか
- どの指標を使うのか
- いつ、どのような方法で分析・評価するのか
- 誰が確認し、結果の記録はどのように残すのか
指標は、売上や利益だけではありません。活動の段階に応じて、例えば、
- どのような顧客課題や洞察を得られたか
- どのくらい仮説やコンセプトを検証できたか
- 検証や実験をどのくらいの速さで進められたか
- 価値実現に向けてどこまで進んでいるか
といった点も評価します。
また、日常的な活動の評価だけでなく、内部監査やマネジメントレビューを通じて、IMSそのものが適切に運用されているかも確認します。
評価の目的は、結果を記録することではありません。得られた情報を、活動の見直しや資源配分、次の投資判断につなげることです。
7)評価結果をIMSの改善につなげる(図10.改善)
活動を評価したら、その結果をもとにIMSそのものを見直し、継続的に改善します。
ここで重要なのは、「仮説が外れたこと」と「マネジメントの仕組みが機能していないこと」を区別することです。
例えば、顧客ニーズや事業性を検証した結果、当初の仮説が成立しなかった場合は、その結果を学習として記録し、次の活動や投資判断に生かします。
一方、必要な評価を実施していない、役割や責任が明確になっていない、必要な記録が残されていないなど、IMSの運用そのものに問題がある場合は、その原因を確認し、仕組みを改善する必要があります。
重要なのは、うまくいかなかった結果そのものを責めるのではなく、そこから何を学び、次の活動や仕組みの改善にどうつなげるかです。
評価と改善を繰り返すことで、変化に対応しながら、イノベーション活動を継続できる仕組みを整えていきます。
経営者に求められるのは「正解」より「更新する力」
一つの成功モデルが通用する期間が短くなるほど、経営者が最初から将来の正解を見通すことは難しくなります。
重要なのは、予測を完璧に当てることではありません。変化の兆候を早く捉え、小さく試し、その結果から学び、必要に応じて方向を変えることです。
中小企業では、経営者と顧客との距離が近いという強みを生かし、日常業務の中に小さな探索を組み込む。大企業では、豊富な経営資源を既存事業だけでなく、探索活動にも継続的に配分できる仕組みを整える。それぞれ方法は異なりますが、共通するのは、現在の事業が好調なうちに次の選択肢をつくることです。
業績が悪化してから新しい事業に取り組むと、短期的な成果を求める圧力が強くなり、十分な検証が難しくなります。既存事業が利益を生んでいる間に、小さくても複数の仮説を試しておくことで、将来の選択肢を増やすことができます。
ここでいう「事業を変える」とは、新規事業を増やすことだけではありません。既存事業の改善、顧客層の見直し、提供方法や収益モデルの変更、外部企業との連携なども、事業を更新する取り組みです。
事業を守ることと、変えることは対立するものではありません。環境の変化に合わせて事業を更新できることが、結果として事業を守ることにつながります。
「事業を運営する組織」から「事業を変化させる組織」へ
これまでの企業経営では、安定した事業を効率的に運営する能力が、競争力の重要な要素でした。これからも、品質、利益、納期、法令順守、顧客対応を軽視することはできません。
しかし、それだけでは十分ではありません。
企業には、現在の事業を安定して運営する仕組みに加えて、将来の事業を探索し、環境の変化に応じて見直していく仕組みも必要です。
既存事業には効率性や再現性を求め、探索活動には仮説検証や学習の速さを求める。この二つを混同せず、両立させることが重要です。
中小企業では、顧客の変化を拾い、小さく試し、やめる仕事を決める。大企業では、探索活動が既存事業の評価基準や承認手続きに埋もれないよう、予算、権限、評価、経営支援の仕組みを整える。
組織規模によって方法は異なりますが、問われていることは共通しています。
「現在の事業で、あと何年稼げるか」だけを考えるのか。
それとも、「環境が変わっても、事業を更新し続けられる組織になるのか」。
一つの成功モデルに長く依存することが難しくなっている今、重要なのは、永遠に続く事業を一つつくることではありません。環境の変化を捉え、学びながら事業を更新し、次の価値を生み出し続けられる組織をつくることです。
事業を「運営する力」に加えて、「変化させる力」を経営の仕組みとして持つ。
それが、これからの企業に求められる重要な経営能力になるのではないでしょうか。
ISO 56001の考え方に沿ったイノベーションの仕組み化は、システムコンシェルジュにご相談ください
ISO 56001 認証を取得する/取得しない を問わず、イノベーションの仕組み化の導入をご検討中の企業さまは、まずはシステムコンシェルジュにご相談ください。貴社の状況に合わせてご案内いたします。
まずは相談してみる