1.数字と手段に追われる日本の働き方
日本企業の多くは、日々の仕事が「売上目標」「利益目標」「KPI」「進捗率」などの数値指標によって管理されています。
一見すると、合理的でマネジメントとしても正しいように見えますが、現場からはこんな声が聞こえてきます。
- 言われたことをやっているだけで、何のための仕事かよく分からない
- 社内ルールや手続きが増えるばかりで、顧客のことを考える余裕がない
- 改善提案をしても、「それよりもやるべきことがあるでしょ?」と問われて現場の工夫や挑戦が評価されにくい
また部門最適化によって、価値が見えずに実際の価値が変わってしまう場合もあります。
たとえば、営業部門の評価指標は「売上」「成約件数」であるが、サービス部門の評価指標が「効率化」であった場合、営業はサービスの素晴らしさを訴えて成約件数を増やすものの、サービス部門は標準化、効率化を推進してしまい競合他社との差別化ができなくなってしまうケースは、よくあることです。
つまり、「価値の全容」が見えないまま、「手段」と「数字」だけが独り歩きしている状態になっているのです。
このような状況では、
- 従業員は「やらされ感」に陥りやすくやりがいを感じない
- 経営陣は「伝えているのに現場が動かない」と感じ、不信感に陥りやすい
- 顧客や社会から見れば、「何を大事にしている会社なのか分からない」を信頼できない状態になる
という求める価値のミスマッチが起こる可能性が高くなります。
このミスマッチの根底にあるのが、経営リテラシーの不足です。
経営リテラシーが低いままでは、
- 経営陣は、「自分たちだけが経営をわかっている」と思い込んでしまう
- 必ずしも「経営の役割=経営能力がある」とは限らない
- 従業員は、経営は経営側で考えるものとして「経営は自分とは関係ない」と距離を置く
その結果として、組織全体で「価値」を構造的に考える力が育ちません。
では、経営リテラシーとはそもそも何であり、それを高めることで何が変わるのでしょうか。
2.経営リテラシーとは何か
「経営リテラシー」と聞くと、財務諸表の読み方やMBA的な理論を思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし、ここで扱う経営リテラシーは、もっと 「価値やモノの見方」や「考え方の土台」 に近いものです。
経営リテラシーの中核となる要素
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価値の理解 |
以前の記事で「価値の構造化で本当の価値あるサービスを提供する方法」にて、価値の構造化の方法を解説しました。
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ビジネスモデルの理解 |
利益はどこで得て、どこがクリティカルポイントなのかも理解し、そこに資源を積極的に投資する。
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経営資源と優先順位の理解 |
経営資源は無限ではありません。
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リスクと機会の理解 |
不確実なビジネス環境において「何もしない」という判断もリスクの対象となります。
この思考法には、エフェクチュエーションが効果を発揮します。 |
| 戦略と日々の業務のつながりの理解 |
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これらが「会話の共通言語」として組織内に共有されている状態こそが、経営リテラシーが高い状態といえます。
重要なのは、これは経営陣だけのものではなく、従業員一人ひとりにも関係するリテラシーだという点です。
経営陣が、従業員に対して「経営視点をもってほしい」と伝えても、それを認識する知識や力量がなければ、その視点を持つことはできません。
つまり「経営リテラシー」を高めるための教育や仕組みが必要であり、それを個人任せにするのではなく経営戦略として経営資源を投資することが必要です。その結果として、現場のメンバーがこの視点をもてばもつほど、働き方そのものが変わっていきます。
3.経営リテラシーを高めることで起こる組織の変革
経営リテラシーが組織全体に広がると、具体的にどのような変化が起きるのでしょうか。
① 「言われたことをやる」から「価値から考える」へ
経営リテラシーが低い状態では、
- 「上から指示されたからやる」
- 「ルールを守るのが最重要」
- 「決まっている手順だから、その通りに従う」
といった、手段ベースの行動が当たり前になりがちです。
このときマネジメント側の問いも、
- 「ルール通りにやったか?」
- 「言われた通りにやったか?」
- 「決めたプロセスをきちんと守ったか?」
という“手段チェック”になりがちです。これはリスクベースのマネジメントによくある傾向です。失敗を恐れ、品質を確保するために決められたプロセスやルールに基づいて、決められたチェック項目をチェックすることで一定の品質とリスク回避を行うための”手段チェック”になっているのです。
すると現場は、「ルールに従っていれば評価される」「言われた通りにやっていれば責められない」という意識になり、「価値」よりも「指示への服従」や「叱られないこと」が優先されてしまいます。
一方、経営リテラシーが高まると、現場だけでなくマネジメント側の問いそのものが変わっていきます。
現場の問いは、
- 「この仕事はどのステークホルダーのどんな価値につながるのか?」
- 「この手続きは、本当に価値創造に必要なのか?」
- 「別のやり方に変えたほうが、価値とリスクのバランスがよくなるのではないか?」
といった価値起点の問いに変わっていきます。
同時に、マネジメント側も、
- 「価値を提供できたか?」
- 「誰に、どんな価値をどこまで届けられたか?」
- 「期待した価値とのギャップは何か? その原因は人なのか、仕組みなのか?」
というように、「ルール通りにやったか?」ではなく「価値を生み出せたか?」を問う姿勢へとシフトしていきます。
ここで重要なのは、「価値を出せなかった=担当者のミス」と短絡的に責めるのではなく、
- 「そもそもの価値の定義は妥当であったか?」
- 「ルールやプロセスの方にムダや歪みはなかったか?」
- 「現場が価値を出しやすい設計になっていたか?」
といった対話を通じて、ルールや仕組みの側を見直す思考に変わることです。
つまり、
- 現場は「言われた通りにやったか?」ではなく「価値から考える」
- マネジメントは「ルール通りか?」ではなく「価値を提供できたか?」を問い直す
この両輪が揃ったとき、初めて組織全体として価値ベースで仕事を組み立て直す力が育っていきます。
② 経営と現場の対話の質が上がる
経営陣が語る「ビジョン」「戦略」「目標」は、現場からは抽象的に聞こえがちです。経営側は「十分に伝えている」と感じていても、現場ではその意図や背景が正しく理解されていないケースが多く見受けられます。
さらに、最近では「不確実な世の中」を理由に経営陣が「戦略」「目標」「計画」すら策定しいないまま経営を進める企業も出てきているそうです。このような状態では経営自体を放棄していることと同義となり、組織が一体となって動けるはずがありません。
こうした状況を生み出す背景には、現場だけでなく経営側においても経営リテラシーが十分に備わっていないという根本的な課題があります。
経営リテラシーが低い状態の場合、
- 「継続的な成長」「価値の最大化」「利害関係者の期待に応える」などの抽象的な表現が頻発する
- 抽象的な表現から方針と戦略、目標、計画などの具体的な指針がない、または整合されていない
- 結果として売上・利益が誇張され、価値主導ではなく売上主導になってしまう
経営リテラシーが高い状態であれば、
- 経営側は、「どのステークホルダーのどんな価値を目指しているのか」「どんなリスク・制約を踏まえているのか」を説明しやすくなる
- 現場側は、「その価値を実現するために、このプロセスをこう変えたい」と具体的に提案しやすくなる
- 価値提供によって、どの程度の対価が得られるのか?価値を高めるにはどうしたらよいのか?という、当たり前のことができるようになる
これにより、
- 「説明したのに分かってもらえない」
- 「現場の声が経営に届かない」
というギャップが縮まり、戦略と現場が一体となった意思決定ができるようになります。
このことは従業員だけでなく、株主や投資家、顧客、取引先など、すべてのステークホルダーに共通します。
③ イノベーションの“種”が増える
経営リテラシーを身につけた従業員は、日常業務の延長として次のような視点を持ちます。
- 「このお客様の困りごとは、別のサービスに発展させられるのでは?」
- 「この社内のムダは、他社でも同じように起きているかもしれない」
- 「この失敗から得た学びを、次のビジネスチャンスにつなげられないか?」
これは、ISO56001が強調する「機会の特定」「アイデアからコンセプトへの昇華」というプロセスに通じます。
イノベーションは、特別な天才のひらめきだけで生まれるものではありません。
現場の小さな違和感や気づきが、価値とビジネスの視点で再解釈されたときに生まれます。
経営リテラシーは、その再解釈のための“センサーと測定器”なのです。
④ 働きがいと経営成果の両立
価値が見える働き方は、単に経営にとって都合が良いだけではありません。
従業員自身にとっても、
- 「自分の仕事が誰かの役に立っている実感」(社会貢献の実感)
- 「自分の提案が経営判断に反映される手応え」(自分が必要とされる実感)
- 「数字の裏にある物語を理解できる面白さ」(楽しさの実感)
につながります。
その結果として、
- エンゲージメントの向上
- 離職率の低下
- 自発的な学びや挑戦の増加
といったカタチで、人と組織の両方にポジティブな影響となってリターンされます。
4.ISO56001を理解すれば、経営リテラシーは自ずと向上する理由
ここで、イノベーション・マネジメントシステムの国際規格である ISO56001 に目を向けてみましょう。
ISO56001は、一見「イノベーション専用の規格」のように思われがちですが、その中身はまさに 経営リテラシーを体系化したフレームワーク とも言えます。
● 経営リテラシーを学ぶ体系的な教科書
ISO56001(イノベーション・マネジメントシステム)の8つの原則を確認しても、経営リテラシーを学ぶための体系的な知識構造(教科書)であることは明確です。(以下、ISO56001の8つの原則)
| No. | 原則(英語) | 原則(日本語訳) | 説明(要点) |
| 1 | Realization of value | 価値の実現 | 利害関係者にとって新たなソリューションの導入・採用によって財務的・非財務的な価値が実現されること。 |
| 2 | Future-focused leaders | 未来志向のリーダーシップ | あらゆるレベルのリーダーが好奇心と勇気を持ち、ビジョンと目的を掲げ、人々を巻き込んでイノベーションを推進すること。 |
| 3 | Strategic direction | 戦略的方向性 | 整合された目標と適切な野心に基づいて、必要な人材や資源を備えたイノベーション活動の方向性を示すこと。 |
| 4 | Culture | 文化 | 創造性と実行力の共存を可能にする価値観・信念・行動が共有され、変化への柔軟性、リスクの受容、協働が奨励される文化を持つこと。 |
| 5 | Exploiting insights | インサイトの活用 | 内部・外部の多様な情報源を活用して、明示的および暗黙的なニーズを洞察に変え、それをイノベーションに生かすこと。 |
| 6 | Managing uncertainty | 不確実性のマネジメント | リスクや不確実性を評価し、実験や反復プロセスによって学習しながら管理し、イノベーション機会のポートフォリオとして捉えること。 |
| 7 | Adaptability | 適応性 | 組織の状況における変化に柔軟に対応し、構造・プロセス・スキル・価値創出モデルなどを適宜調整することで、イノベーション能力を最大化すること。 |
| 8 | Systems approach | システムアプローチ | 相互に関連する要素を統合的に捉え、イノベーションマネジメントシステム全体を継続的に評価・改善していく枠組みに基づいて活動すること。 |
8つの原則から。詳細な要求事項を紐解いた解釈を理解すれば、経営リテラシーは一気に向上します。
つまり、ISO56001は、組織に関わるすべての「経営リテラシーの骨子(基本)」として利用できるものです。
標準化された枠組みの中で、「誰に・どんな価値を・どんな方向性で提供していくのか」を考えざるを得ない仕組みになっているのです。
● 全社的な「共通言語」としての役割
ISO56001の利点は、単に枠組みが整理されているだけでなく、共通言語として機能する点にあります。
- 経営層:イノベーションを戦略的に位置づけるためのフレーム
- 管理職:事業やプロジェクトを設計・運営するための指針
- 現場メンバー:自分の提案や活動を「価値」と「プロセス」の観点で説明するための土台
として、それぞれに意味を持ちます。
つまり、ISO56001を理解し、運用していく過程そのものが、
- 組織の内外の価値を構造化して捉える力
- 経営と現場をつなぐ対話の力
- 不確実性の中で意思決定する力
を高め、結果的に経営リテラシーを底上げする学習プロセスになっていると言えます。
5.組織を激変させ、価値がみえる働き方へは経営リテラシーという土台から
「働き方改革」や「DX」「イノベーション」といった言葉が飛び交う中で、多くの現場では、依然として
- 手段やツールの導入だけが先行し、
- 本来の「価値」が見えないまま、
- 疲弊と分断、サイロ化だけが広がる
という状況が続いています。
この状況を変える鍵は、派手なスローガンや最新技術だけではありません。
経営リテラシーという“ものの見方の土台”を、経営陣だけでなく、従業員一人ひとり、さらには日本社会全体で高めていくことです。
経営リテラシーの向上により、
- 自身の業務が果たす意味と、価値を明確に認識できる様になる
- 経営層と現場の会話が深まり、相互理解が進む
- イノベーションは特別な活動ではなく、日常業務の延長として自然に生まれる文化が醸成される
そんな「価値がみえる働き方」へと、組織は少しずつ変わっていきます。
そして、その変化を体系的に支える一つの有力なアプローチが、
ISO56001をベースにしたイノベーション・マネジメントシステムの構築です。
「経営リテラシーの向上により、働き方が変わる」のではなく、
経営リテラシーを高めるプロセスそのものが、働き方を変える。
その視点に立ち、日々の会議やプロジェクト、教育・研修、評価制度の一つひとつを「価値ベース」で見直していくことが、これからの日本の組織と社会に求められているのではないでしょうか。
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