“他社より優れる”は価値ではない
価値とは、顧客やステークホルダー、社会や経済の要請に応えるソリューションのことです。これは誰もが理解していることですが、事業が成長し、組織が大きくなると従業員数が増え、効率化のために分業制や部門ごとのサイロ化が進むことがあります。分業やサイロ化自体は効率向上に有効ですが、時に「価値の本質」を見失ってしまう原因にもなります。
特に既存のやり方に固執して変化できない組織では、次のような言葉が目立つようになります。
- 「○○さんよりは仕事をしている」
- 「○○部門がやるべきことをやっていない」
- 「○○社よりサービスが優れている」
このように、常に比較対象を決めて「自分たちの方が上だ」と発信するようになったときは、組織が変化できない状態に陥っているサインと考えるべきです。
もちろん企業戦略において「競合との差別化」を打ち出すのは一般的です。営業資料でも「当社は○○社より品質が高い」「価格で有利」といった表現が使われ、マーケティングでも「他社より優れている」と訴求するケースはよくあります。
しかし、このような競合との比較に依存する思考──つまり「競合比較型思考」は、価値の本質を見誤る危険があります。なぜなら、「競合に勝つこと」と「顧客や社会に真の価値を提供すること」は必ずしも一致しないからです。競合より優れていたとしても、市場自体が縮小していれば成長は止まり、顧客の新しいニーズに応えられなければ存在意義を失ってしまいます。
本記事では、価値を見失わずに真の価値を見極める方法を解説します。
「競合比較型思考」がもたらすリスク
前述の「競合比較型思考」を例にして、価値の継続性が失われてしまうリスクを説明します。
1. 市場縮小の見落とし
競合に勝つことばかりに注目すると、「市場全体が縮小している」という本質を見逃してしまいます。
実際、ビジネスの動向を読み違えて衰退した事例は少なくありません。
- デジカメ業界
日本メーカーは「画質やズーム倍率で他社に勝つ」ことを追求しましたが、スマートフォンの普及により市場そのものが縮小。結果、多くの企業が撤退しました。 - 市場の誤認
市場規模が伸びていない、競合が増えてコモディティ化している状況でも、「競合が撤退していない=まだ成長余地がある」と誤解してしまうケースもあります。
2. 過去の価値基準に固執
例えば「品質さえ良ければ売れる」といった過去の成功モデルにこだわると、変化する顧客の期待に対応できません。
以下に例を解説します。
- 家電メーカー
長年「高品質・高機能」を価値基準としてきましたが、シンプルさやクラウド連携を重視した海外メーカーにシェアを奪われました。 - 個人薬局
「処方箋の取り扱いは続かない」と判断し拒否した結果、顧客が離れて閉店に至った事例もあります。 - ITサービス企業
大規模災害やパンデミックを経て多くの企業がクラウド移行を進める中、「オンプレミス回帰」というニュースを根拠に方針転換できず、時流に取り残される例もあります。
過去の価値観に固執することは、新しい価値を否定する行為であり、既存価値すら消失させるリスクを伴います。
3.競合の真似はしたくない思考
一部の経営者や責任者の中には、「二番煎じ」「モノマネ」と言われるのを避けるあまり、競合の動きを取り入れない人もいます。
しかし、優れたビジネスリーダーは、価値があると判断すれば真似をし、必要なら改善して提供するものです。
「競合と同じことはしたくない」「独自のサービスを出したい」といった競争意識が強すぎると、肝心のステークホルダーや顧客の要求を見失ってしまう危険があります。
つまり「競合比較型思考」に偏ると、
- 市場全体の変化を見逃す
- 過去の価値基準に縛られる
- 顧客の本質的なニーズを軽視する
といった問題が起こりやすくなります。
重要なのは「競合より優れているか」ではなく、顧客や社会が求める本当の価値に応えられているかという視点です。
このような比較依存は、やがて「何を価値とするか」という基準を硬直化させ、結果的に既存価値への固執を招きます。
既存価値への固執が招いた失敗例
競合比較型思考の話題から少しだけ逸れますが、既存の価値にこだわりすぎると事業が衰退する場合があります。
これまでの売上や利益、従来築いてきた価値を守ることに固執した結果、社会やステークホルダーが求める新しい変化に対応できず、衰退してしまった企業の事例も少なくありません。
・コダック(米国):1975年に初のデジタルカメラ試作、2012年に破綻手続開始
コダックは写真フィルムの世界的リーダーであり、1975年には世界で初めてデジタルカメラを開発した企業でした。しかし、主力であるフィルム事業の利益を守るために「デジタルは脅威」と判断し、本格的な商用化や投資を避けました。その間に日本メーカーがデジタルカメラ市場を拡大し、さらにスマートフォンの普及によって市場構造そのものが変化しました。結果として2012年に経営破綻し、100年以上の歴史を持つ「写真フィルムの巨人」はその座を失いました。
・シャープ(日本):2016年に鴻海傘下へ
シャープは液晶技術で世界をリードし、液晶テレビ「AQUOS」に代表される製品群で国内外のブランドを確立しました。しかし、強みであった液晶技術とテレビ事業の売上に固執した結果、戦略の多様化が遅れました。
2000年代後半以降、テレビ市場はコモディティ化が進み、韓国や中国メーカーとの価格競争が激化。シャープは「高画質・高機能」という従来の価値基準を軸に踏みとどまりましたが、消費者が求めていたのは「手頃な価格」「ネット接続」「動画配信サービスとの親和性」でした。
さらに大型液晶パネルへの巨額投資も経営を圧迫し、収益性を大きく悪化させました。結果として2010年代には巨額赤字に転落し、2016年に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入ることとなりました。
シャープの事例は、「既存の技術と事業の優位性を守る」ことが逆にイノベーションを阻み、環境変化に対応できなくなるリスクを如実に示したケースです。
・ノキア(フィンランド):2014年に携帯端末事業売却
ノキアは1990年代から2000年代初頭にかけて携帯電話市場で世界シェア1位を誇った企業でした。そのブランド力は圧倒的で、ピーク時には世界の4割近い携帯電話を供給していました。
しかし、同社は「ハードウェアのデザインや耐久性」という従来の強みに固執し、スマートフォン時代の到来を軽視しました。特に、2007年のiPhone登場を契機に、スマートフォンは「アプリとOSのエコシステム (注1)」で競争が決まる時代に移行しましたが、ノキアはソフトウェア投資やプラットフォーム戦略に舵を切るのが遅れました。
自社OS「Symbian」は複雑で使いにくく、開発者からも支持を得られず、アプリ市場を形成できませんでした。一方でAppleのiOSやGoogleのAndroidは爆発的に普及し、短期間でノキアを追い抜きました。
ノキアはその後、マイクロソフトと提携し「Windows Phone」を搭載したスマートフォンを展開しましたが、すでに市場の流れを取り戻すことはできませんでした。2014年には携帯電話事業をマイクロソフトに売却し、モバイル端末の覇者としての地位を完全に失いました。
ノキアの事例は、「過去の成功要因に固執し、新しい競争軸に対応できなければ、一時は世界トップでも一気に没落する」という典型例といえます。
これらの事例は共通して「既存の売上・利益にしがみつき、将来の価値創出への投資を怠った」ことが原因でした。
ここで注意したいのは、その市場の将来に見切りをつけた企業が同じ事業を展開している競合に事業を継承する場合があります。事業を継承した企業は一時的に売上や利益はあがりますが、市場の成長性と戦略という点ではリスクを含んでいる可能性があるのです。
(注1) スマートフォンやPCの基本ソフト(OS)と、その上で動くアプリが相互に依存しながら広がっていく仕組みのこと。
OSが使われるほどアプリ開発者が集まり、アプリが増えるほどユーザーにとって便利になり、さらにOSが選ばれる——という好循環を指す。
場当たり的な判断によるビジネスの危険性
前述したリスクに加えて、さらに深刻なのが、戦略を欠いた場当たり的な経営判断です。
こうした状態にある組織では、経営層の方針や指示が短期間でコロコロ変わるという特徴があります。社員から見れば、判断に一貫性がなく、組織の方向性が見えないため、不安や混乱が広がります。結果として、現場は「何を信じて動けばいいのか分からない」という迷いに陥り、生産性も士気も低下してしまいます。
もちろん、変化の激しい時代においては、状況に応じて柔軟に方針や指示を変えること自体は必要です。しかし、それはあくまでも戦略に基づいた修正であるべきです。ところが「時代が変化しているから仕方がない」といった言い訳を理由に、戦略の不在や意思決定の揺らぎを正当化してしまうことは、極めて危険な兆候です。
以下に、場当たり的な経営判断がもたらす代表的な危険性を3つに分けて解説します。
1.売上維持のための短期施策
売上を維持するために、値下げや大量広告といった即効性のある施策を行うことは確かに可能です。しかし、それらは顧客価値の向上につながらず、むしろ長期的な信頼を損なうリスクを伴います。
例えば、株主や投資家、または経営陣が「とにかく増収・増益を」と強く求めた場合、企業は次のような判断をしがちです。
- 商品やサービスの値上げによる収益確保
- 人件費の抑制や人員削減によるコストカット
これらの施策は一時的には数字を良く見せますが、顧客離れや従業員の不満を招き、将来的には組織の価値そのものを失わせる危険が高まります。短期の数字だけを追い続ける経営は、組織の「信用資本」を削り取ってしまうのです。
2. 戦略不在の延命
「今期を乗り切る」ことだけを目的とした意思決定は、社員やステークホルダーに未来への希望を与えません。結果として挑戦は停滞し、優秀な人材は組織を去り、競争力を失います。
戦略不在の経営では、ビジョンや中長期的な戦略が示されないまま年次計画だけが積み重ねられます。しかし、これでは社員に「未来の方向性」が見えず、目の前の業務をこなすことにしか集中できなくなります。
たとえ市場が拡大していて、一部の顧客からの売上が自然に増えていたとしても、それに安心して何も手を打たなければ、いずれ市場環境の変化に飲み込まれてしまいます。
中長期的な戦略とは、経営判断を誤らないための道標であり、それを欠いた経営は一見楽観的に見えても、実際には組織を危うくします。
3. 組織文化の硬直化
場当たり的な判断を繰り返す組織では、やがて「変化しないことが安全」という錯覚が広がります。社員は「どうせ方針はまたすぐ変わる」と受け止め、挑戦を避け、現状維持を選ぶようになります。
この結果、外部環境の変化を察知しても「動かない方がリスクが少ない」と考える文化が定着してしまいます。こうした組織は、外から見ると安定しているように映るかもしれません。しかし、実際には新しい価値を生み出せない「硬直した組織」となり、組織の衰退が静かに進行しているのです。
競合比較型思考 vs 真の価値志向型思考
少し逸れましたが「競合比較型思考」の話に戻します。以下に「競合比較型思考」にとらわれている組織とそうでない組織の比較表を作成しました。ここで注意してほしいのは競合比較は悪ではなく、価値を判断するための1つの因子であることを理解してください。
つまり手段が目的になってしまわないように注意が必要ということです。
| 観点 | 競合比較型 | 真の価値志向型 |
| 価値の定義 | 他社より安い・高機能・高品質 | 顧客や社会が達成したい目的(ジョブ)を実現 |
| 時間軸 | 短期の競合優位 | 長期的な市場・社会変化に対応 |
| リスクの扱い | 顕在リスクを回避(不具合・クレーム対策) | 潜在リスクを機会に転換 |
| 成功基準 | 競合に勝つこと | 顧客成果・社会的インパクト |
| 失敗の扱い | 避けるべきもの | 学習資源として次につなげる |
| 組織文化 | 現状維持、保守的、合意形成重視 | 挑戦を歓迎、異論尊重、心理的安全性 |
| 投資姿勢 | 既存事業への依存 | 将来市場や新価値への先行投資 |
ISO 56001による真の価値を見極める方法
企業が不確実性の時代において、どのようにして「真の価値」を判断し、創出していくのか。この問いに対する有効なアプローチを提供するのが、2024年9月に正式に発行された国際規格 ISO 56001:イノベーション・マネジメントシステム-要求事項 です。
この規格は、企業が持続的にイノベーションを創出し、顧客・社会に対して継続的に価値を提供するための「仕組み」を構築することを目的としています。最大の特徴は、「リスク=不確実性」を単なる回避対象とせず、新たな機会として活用すること を制度的に可能にする点にあります。
以下に、ISO 56001を活用して企業が「真の価値」を見極め、実現するための4つの重要な視点を示します。
1. 顧客の「ジョブ(目的)」を深く理解し、共創を促進する
ISO 56001は、従来の製品やサービスの品質・機能に着目したアプローチから脱却し、顧客が達成したい“ジョブ”に対する深い洞察を重視します(Clause 8.3.2「機会の特定」、8.3.3「コンセプトの創造」)。これは「ジョブ理論(Jobs to be Done) (注2)」やデザイン思考と親和性が高く、顧客や社会が抱える“未解決のニーズ”を探索・定義し、ステークホルダーと共に価値創造を行う文化を組織に根付かせることが求められます。
(注2) ジョブ理論:顧客が“片づけたい用事=ジョブ”に注目し、その達成を助ける製品やサービスを考える理論
2. 将来の市場・社会を見据え、環境変化を洞察する
規格では、「外部及び内部の状況の理解」(Clause 4.1)と「ステークホルダーのニーズと期待の理解」(Clause 4.2)を求めており、人口動態の変化、技術革新、法規制の動向、社会価値観の転換といった未来志向の分析が必須です。これにより、短期的な市場競争を超えた“長期的価値創造”の視点が組織に根付くよう制度設計されています。
3. ステークホルダー全体に価値をもたらす統合的視点
ISO 56001では、顧客だけでなく、従業員、株主、サプライヤー、地域社会、環境など多様なステークホルダーの価値を考慮することが義務づけられています(Clause 5.1.2「価値実現へのフォーカス」)。この多面的な視点により、単なる利益追求ではない、社会的・倫理的にも持続可能な意思決定を行う基盤が構築されます。
4. 成功を前提とした学習型挑戦による知識資産化
ISO 56001は「失敗を前提にしてよい」とはしていませんが、不確実性の中での挑戦を重視しています。特に「イノベーションプロセス」(Clause 8.3)では、小規模な実験やパイロットを通じて実行・学習・改善を繰り返し、成果だけでなく過程で得た知見を組織のナレッジ(Clause 7.1.6)として蓄積・活用することが奨励されています。
社会や顧客にとっての価値を継続する
競合比較は短期的な説得材料にはなりますが、長期的な競争力の源泉にはなりません。むしろ「過去の成功体験」「既存事業の売上」に固執することが最大のリスクになります。さらに、戦略を欠いた場当たり的な経営判断は、組織を「変われない存在」へと固定化してしまいます。
真の価値を見極めるとは、市場や社会、ステークホルダーが本当に求めている価値を洞察し、それを未来に先取りして提供することです。そしてその実現には、ISO 56001の枠組みを活用し、潜在リスクを機会に変え、成功を前提に挑戦し続ける組織文化を築くことが不可欠です。
これからの企業に求められるのは、競合と比較して優れていることではなく、「社会や顧客にとって唯一無二の存在」としての価値を提供し続けることです。
【参考リンク】
– Kodak公式サイト(写真の歴史)
https://www.kodak.com/ja/company/page/photography-history
– Nippon.com(シャープ、鴻海による子会社化の経緯)
https://www.nippon.com/ja/currents/d00217/
– Nokia公式プレスリリース(2014年、携帯端末事業売却完了)
https://www.nokia.com/newsroom/nokia-completes-sale-of-substantially-all-of-its-devices–services-business-to-microsoft/
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